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新世紀の生き方、物語の世界

栗本慎一郎の経済人類学、白川静の漢字学、日本の古代史、日本人の起源論、小説や好きな本の話題など書いていきます。何ですが、ニュースとか、ネットの話題も多いです。

小保方氏「承服できない」/反論全文、マスコミに踊らされる日本人

STAP細胞 小保方晴子

◇ STAP論文一部は不正 調査委最終報告 - 社会ニュース : nikkansports.com


◇ 小保方氏「承服できない」/反論全文 - 社会ニュース : nikkansports.com

◇ 小保方氏「論文を撤回するつもりない」 - 社会ニュース : nikkansports.com


 理研 厳しい言葉で小保方氏斬り捨て - 社会ニュース : nikkansports.com


 
小保方氏の「間違えた」に理研は「捏造」 - 社会ニュース : nikkansports.com



調査委員会の調査報告書(3月31日付)を受け取りました。驚きと憤りの気持ちでいっぱいです。特に、研究不正と認定された2点については、理化学研究所の規程で「研究不正」の対象外となる「悪意のない間違い」であるにもかかわらず、改ざん、捏造(ねつぞう)と決めつけられたことは、とても承服できません。近日中に、理化学研究所に不服申立をします。

 このままでは、あたかもSTAP細胞の発見自体が捏造であると誤解されかねず、到底容認できません。

 レーン3の挿入について。

 Figure 1iから得られる結果は、元データをそのまま掲載した場合に得られる結果と何も変わりません。そもそも、改ざんをするメリットは何もなく、改ざんの意図を持って、Figure 1iを作成する必要は全くありませんでした。見やすい写真を示したいという考えからFigure 1iを掲載したにすぎません。

 画像取り違えについて。

 私は、論文1に掲載した画像が、酸処理による実験で得られた真正な画像であると認識して掲載したもので、単純なミスであり、不正の目的も悪意もありませんでした。

 真正な画像データが存在していることは中間報告書でも認められています。したがって、画像データを捏造する必要はありません。

 そもそも、この画像取り違えについては、外部から一切指摘のない時点で、私が自ら点検する中でミスを発見し、ネイチャーと調査委員会に報告したものです。

 なお、上記2点を含め、論文中の不適切な記載と画像については、すでにすべて訂正を行い、平成26年(2014年)3月9日、執筆者全員から、ネイチャーに対して訂正論文を提出しています。(共同)」

小保方氏「承服できない」/反論全文 - 社会ニュース : nikkansports.com
より
 

 

◇ 現在、こういう状況ですが、どうもねえ、この事件、凄く奇妙な感じがします。

しかし、どうして日本人って、こんなにマスコミに騙されやすくなってしまったのか、嘆きざるおえないですが、ニュースの記事って書き方によって、非常に印象が違うものです。

「ねつ造、不正」と書けば、非常にダーティーなイメージになりますが、「一部に不正」と書けば穏やかな感じになりますね。

これが印象操作と言われる現象です。

小保方さん側からすると、「間違えた」という主張になってます。

普通の人間は感情で動くので、これで盲目的に感情を操られて、マスコミの思うとおりに動いてしまいます。

たぶん、これから逃れられる人はいないのかなと思います。


◇ 今回の事件、マスコミがここまで煽らなければ、理研調査委員会を設置しなかったし、今回のような記者会見もしなかったでしょう。

単純に論文の間違った画像を差し替えて、論文の訂正したらそれで終わりの案件です。

それがこれだけの大事件のように報道されることで、こういうことになってしまってることに、誰も疑問を感じないというのが、非常に不思議です。

自分たちが誰に動かされて、どういう役割を割り振られ、何かの片棒を担がされてる可能性に何の疑問も持たないというのは、どういうことなんでしょう。

ただ感情のみで動く、知性のない人間になってしまったのでしょうか?


◇ ローマ時代のに、パンとサーカスを与えられて、よろこんでいた市民のようですね。

韓国や中国と変わらない愚民の国に日本もなりはてたようですね。

 

パンとサーカス

 
 

パンとサーカスpanem et circenses)は、詩人ユウェナリス(西暦60年-130年)が古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した。パンと見世物ともいう。ガス抜き愚民政策の例えとしてしばしば用いられている卓越した名言であり警句である。

この警句のいう「サーカス」とはいわゆる“サーカス<[1]”ではなく、古代ローマで複数頭立て[2]馬車による戦車競走[3]が行なわれた競馬場circenses(キルケンセス)、現代でいうサーキット、レース場)である。

パンとサーカス - Wikipediaより

 

マスコミのニュースというサーカス(娯楽)を与えられて、ガス抜きさせられて、大事な本質を見失うことになり、自分たちが感情に任せて何をしてるのか?の自覚もない生活を送ってるのが日本人です。


上手く感情や心理をコントロールされ、管理されてますね。

ローマと違って、政治的な話題は日本にはありますが、それが本当に大切な事柄に及ぶことはなく、ただただ、感情的なガス抜きに終始してるように思えます。

 日本が滅びゆく前兆でしょうか。