新世紀の生き方、物語の世界

栗本慎一郎の経済人類学、白川静の漢字学、日本の古代史、日本人の起源論、小説や好きな本の話題など書いていきます。何ですが、ニュースとか、ネットの話題も多いです。

自分は何によって憶えられたいか?


何によって憶えられたいか
その問いかけが人生を変える   ドラッカー名著集『非営利組織の経営』より

 


◇ はてなブックマークからのピックアップに
小説家が作品を書く理由とは?の記事が取り上げられてました。

普段、30~60/日アクセスという平和なこのブログが、367/日アクセスぐらいになってました。

ある日、突然、26万/日アクセスになっちゃった、ミカサさんの気持ちが、ちょっぴりわかりましたw 嵐が過ぎ去るのを待ってますw つむじ風ぐらいですがw


◇ 今まで、
ドラマ『私のいる世界~コンビニの日常~』原案 という記事が、ひきこもり女子いろいろえっち(26万アクセスを記録したブログ)に取り上げられて、1000/日アクセスぐらいが最高で、最近では、1週間ぐらい、24時間残念営業さん、ブログ削除の理由判明?の記事がヤフーの検索に引っかかって、187/日アクセスになっていました。

24時間残念営業のコンビニ店長さんのブログ(閉鎖中)は、とても愛されていたというか、突然、閉鎖されて、その理由を知りたい人が多かったんだなと、つくづく思いました。

どうも、コンビニ店長さんは、関東地方の青色のコンビニチェーンに所属していて、ブログが本部にばれて、お店が特定されてということではないかという推測が、ネットではされているようです。

コンビニネタは、そんなに変な記事はなかったと思うけど、まあ、その他に、あのネタまずいという記事は、いろいろとありました。ファンの人ならわかるだろうけど、僕的には全く問題のない記事だったけど。趣味の問題というか。


◇ しかし、ブログを書いて、有名になって、本を出すというようなことを、昔、思っていましたが、実際に、アクセスが上がってきたら、さて、どうしたものか?と思ってしまった。

それだけの人の期待に応えられるものが、自分の中にあるかどうか?ということを、ふと、考えてしまった。

本を書いたり、何かで名声を得たりする人というのは、多くの人々の代表というか、無名の、名もなき人の声を背負うような立場になってしまった人なんじゃないかと思う。

最初の動機は、ごく個人的なものだと思うけど、それがいろんな人に支持される過程で、さまざまな人の想いを背負ってしまうようなことになってしまうのじゃないかと思う。

そして、そういう立場というか、ポジションについてしまうと、もう勝手気ままではいられなくなり、逆に、そういう人々の声に縛られて、身動きできなくなる。

人々の期待に応えられるかどうかとか?考えてしまうことになる。

とはいえ、僕の場合はそこまで考える必要もないかなw

 

 ちきりん本のマネタイズを見守るエントリ

この記事を読んだりして、ホリエモンがお金持ちになって、あなたは何をしたいの?とか問いかけてくる訳だけど、家を建てて、太陽光発電とかつけたりしてとか、そんなことしか思いつきません。

というか、僕は結局、お金のことは、結婚したので、奥さんと子供ができたら子供をを養うぐらいあればいいだけのようです。

結局、お金というものも、それを背負う器というか、そういうものが必要な気もします。


◇ そろそろ、結論となりますが、どうも、僕は世の中の良いものとか、面白いものを広めるような役割を持っているように思います。

自分自身が注目を浴びるのではなく、そういう人間として知られる、憶えられるようです。

ただ、世に出ていない、未だ知られていない分野の話を小説にして、世に出すことはあるかもしれません。

それ以外のものは、ブログに書くということでも、充分に事足りそうです。

 

 

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